爽やかな風が私達の頬を掠めていく。
華織様と私は電灯鉄道にガタンガタンと揺られながら蜜月の為の目的地へと向かっていた。
そんな中、車窓から大きな街頭時計が掲げられた白亜の建物が見えてきた。
「あれが、さんの会社ですか?」
「ええ、そうです。 さん、よくご存知ですね」
「だって、よく新聞でも目にしますもの。
今はさんの念願でした、事故の少ない交通――電灯鉄道事業に着手しているのでしたね」
素早い速度で景色が過ぎ去っていく中、私はさんの会社を見て、満足気に微笑む。
「そうですね。
はじめこそは、小規模の火力発電、水力発電事業と進めていたことは手紙で教えてもらっていましたが、あんな立派な建物だとは知りませんでしたね」

そんな私を見て、華織様は慈しむように微笑み返した。

(さんは少しづつ会社を大きくしている……きっとさんはもう大丈夫)

乗席を通り抜ける風に目を細める。
私は、しばらく華織様に肩を寄せて旅行先に着くまで眠った。

◇◇◇◇◇

さん……」
「う……華織様
あ、ごめんなさい、寝てしまって」
華織様の優しい揺さぶりに目を覚ますと
目的地への到着ベルがビリリと鳴った。

『つぎは――』


「さあ。 目的地まで、あと少しですね」
陽の光が華織様の輪郭を照らし、明るい景色が見えてくる。
「ええ、楽しみです」
華織様の硬い指が私をしっかり握り、私も期待に胸を膨らませ、握り返した。
雄々しい山を背に海が広がる。
山の向こうに紅い橋がハッキリと色付き、
僅かな灯りをともした旅館が立ち並んでいた。
「ここが巣鴨湾なのですね」
「いい景色ですね。
前の旅行では、ゆっくりできなかったので
さんと来れて良かったです」
華織様は、私と一緒にさんを追いかけていたあの時を思い出して悪戯っぽく微笑む。

「私もこの景色を華織様と一緒に見られて
嬉しいです」
(きっと旅館のお部屋から見ても素敵でしょうね!)
「ああ――。 来年は三人……四人で見られたらいいな」
「四人ですか?」
(さんのことかしら?)
「いえ、何でもないです。
さんには早い話でした」
「そんな!
隠し事はしないで教えてほしいです!」
さん。
旅というのは時間をかけて楽しみたいと
思いませんか?」
「それはそうですが……」
(また、年下扱いをなさるつもりですの?)
さんのことを想っているからこそなのですよ」
「はい……」
「ですから、その時が来たら、ゆっくりとお話しましょうか。
僕達の家族のこと、それからさんとの未来の家族のことを」
「!!――はい」
「では、予約していた旅館に参りましょうか」

――僕は君と共に過ごし、どこまでも一緒に幸せを作り上げていきましょう。
きっと君が隣にいてくれる未来は輝かしいものですから。


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