『香りの時計』
「どうしたのですか?」
ふと、頭上から声がして私は振り向いた。
「華織様、伯母の紗代子さんから頂いたものです」
「へえ、香時計とは懐かしいものを」
縁側に座った私の傍にこられると、髪をかき上げる華織様。
その軽ろやかに波打つ髪が華やかさを秘めたお顔を引き立てる。

「結婚式でも見かけましたが、君と義伯母様は、とても仲がいいんだね」
目を細めて私を見つめる。
華やかな顔立ちとは正反対に穏やかな物腰が、私に安堵を与えてくれる、
それが私の旦那さまの四条 華織様。

「ええ。 昔からよくして頂いたので」
「そうなのですね、 貴女にとっては姉のような存在でしょうか」
「ええと、言われてみれば、そうかもしれません」
「?」
(伯母の紗代子さんは、とても溌剌明瞭とされていて、時々驚かされてしまうことがあるのですよね。
 だから、ほんの少し妹にも感じられるときもあります……でも時々深いことを仰るので侮れない方)
「……さん?」
「! ごめんなさい。 伯母のことを思い出してしまって!」
「考えごとをすると、ぼうっとしてしまうのは昔から変わらないのですね。 可愛らしいです」
「最近、思うのですが華織様の可愛らしいと思う点が、よくわからないです……」
「そうですか? さんのことが好きだから全てが可愛らしいと思いますよ?」
「そ、それより! 華織様に香時計の使い方を見てほしかったのです」
「そうでしたか。 今の子にはあまり馴染みがないかもしれませんね。
 では、準備をしましょうか」

華織様は私の手元にあったうるしの箱を手に取るを、ふたをあけ、
送られてきた箱の中を確認する。
「灰と抹香、へらもあるようですね」
そう言うと、うるしの箱に灰を入れたあと、これまた同梱されていた木組みを起き、
その上から抹香を押しいれた。
「あとはへらでならして……これを外す」
華織様が木組みを外すと卍字型の抹香の盛ができあがる。
「これで時がわかるのですか」
奇妙な回路の抹香の塊。
その見慣れないものに私は首をかしげずにはいられなかった。
「昔はね、これを使ってのんびりと時を知っていたんだ。
 いまは精巧な機械時計があるから、寺院の方や高貴な身分の儀式や趣味みたいなものですね」
「そうなのですね」
(そういえば、紗代子さんの生家は、お寺関係だった、と聞いてますね)
「さあ、炊いてみようか」
「はい」

抹香の香りとともにゆっくりと煙があがっていく。
(懐かしいような香り)
「乳香でしたか、うっすらと柑橘系に香辛料が混じるようなの香りですね」
「穏やかな香りで時間を忘れてしまいそうになりますね」
(ああ、それでは時を刻むという品なのに
おかしな話ですね)
「そうですね。 本来は別々の香りを均等に分けるのですが……」
(なんだか、眠くなってきてしまいました)
「……」
さん? ああ、寝てしまいましたか。 ここ数日は式やらでお疲れでしたよね。
 ゆっくりと休んでください。 これからは長い時を共にするのですから」
細い指が髪をすくう。
華織様の膝に抱かれ、穏やかな時を過ごした。


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